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海を渡る植物 ~オオハマボウ~

高山 浩司 

打ち上げられたガラス玉

2001年秋,沖縄県の慶良間諸島の阿嘉島で野営しているときのことだった。同時多発テロ事件後,1ヶ月間無休で働いていたという那覇駐屯地のアメリカ人達がバカンスにきていて,突然,バーベキューに誘ってくれた。アメリカの感謝祭が近かったということもあり,七面鳥にローストビーフ,高級ワインと,かなり豪勢である。話をしていると,1人の男が自慢げに直径5センチほどの中空のガラス玉を見せてくれた。なんと彼らは今日一日中,浜に打ち上げられたガラス玉を探して,島中を歩き回っていたらしい。ガラス玉とは,むかし漁師がブイとして使用していたもので,時々居酒屋に巨大なものがネットに包まれてぶら下がっている,あれのことである。大男達が浜辺で一生懸命捜し物をしている姿を想像して,その時は少し滑稽に思えた。別れ際に,明日一緒にガラス玉を探さないかと声をかけられたが,翌日も早朝から予定があったので断った。

汎熱帯海流散布植物

僕は慶良間諸島で何をしていたかというと,オオハマボウの調査をしていた。オオハマボウ(Hibiscus tiliaceus)はアオイ科フヨウ属の木本植物で,直径10センチほどの大きな黄色い花は,朝咲き始め,夕方には赤みを帯びて落下してしまう一日花である。樹皮からは良質の繊維が取れるので,ロープや網・帆・むしろなど原料として古くから利用されてきた。ハート形の大きな葉は,東南アジアでは納豆に似た発酵食品を作るのに使われていたり,沖縄では昔,便所の落とし紙として使われていたことがあったりと,その用途は多様である。オオハマボウは熱帯から亜熱帯地域の海岸(主に砂浜や河口部)に生えていて,その分布域は非常に広く,東はハワイ諸島やマルケサス島などポリネシアの島々から,西はアフリカ大陸の西部にまで及んでいる。海岸に生育しているという特徴からも想像できるように,オオハマボウは種子を海流によって運ばせることにより,地球を一周するほどの極めて広い分布域を獲得していったと考えられている。このような植物は汎熱帯海流散布植物と呼ばれ,オオハマボウの他にもグンバイヒルガオ(ヒルガオ科),ナガミハマナタマメ(マメ科)などが知られている。

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オオハマボウ.熱帯各地に分布し,日本では奄美大島や南西諸島,小笠原諸島に見られる.花弁は黄色く,柱頭の先端と花冠の基部が暗紫色である.
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海流散布植物の種子.種類によって大きさ形は様々であるが,どれも海水に浮くためのしくみを持っている.(左上:ナガミハマナタマメ,左下:オオハマボウ,右上:コウシュンモダマ,右下:グンバイヒルガオ)

汎熱帯海流散布植物の種子は,海流による長距離の移動に耐えるための特別なつくりが発達している。オオハマボウの種子は直径5ミリほどであるが,種子の内側に空所があり,さらに種皮が水を通しにくいので,長時間海水に浮かんでいることができる。グンバイヒルガオでは種子の内側の空所に加え,種子の表面に短い毛がびっしりと生えており,これは水をはじくのに役立っていると考えられる。これらの種子は少なくとも3ヶ月以上は生きたまま海水に浮かんでいることができる。汎熱帯海流散布植物は,このように高い種子の散布能力を持つことで,現在の広大な分布域を維持していると考えられている。しかしながら,どのような経路で世界中に分布域を拡大していったのか,遠く離れた地域に分布する個体群間でも種子の移動は起こっているのかなどについては,全くわかっていない。

遺伝子に刻み込まれた履歴を探る

個体群間での種子の移動を調べるときの有効な手段のひとつとして,分子レベルでの解析があげられる。散布される種子に目印を付けて,追跡調査するわけにもいかないので,DNAに刻み込まれた遺伝情報を調べ,遺伝子の流れ(種子や花粉の移動)について明らかにするのである。通常,遺伝情報はDNAの複製を通じて,親から子へと正確に伝達されるが,まれに突然変異によってDNAの一部に変化が生じる。このDNAの変化を解析することで,個体同士の類縁関係を明らかにすることができる。さらに,様々な地域のたくさんの個体のDNAを調べることで,個体群間での種子の移動について推定することが可能となる。もし,遠く離れた場所に生育する個体群間で種子の行き来があれば,その個体群同士はよく似た遺伝的特徴を持っているだろうし,逆に,全く行き来が無ければ,遺伝的に大きく異なっているということが予想される。

オオハマボウについて,世界中約20カ国30個体群からサンプルを集めてきて,そのDNAを調べてみた。その結果,オオハマボウは種内にたくさんの遺伝的な変異を蓄積していることがわかった。特に,東南アジアの個体群は遺伝的に多様であり,近縁な内陸性の種類(海流散布をしない種類)が東南アジアに多くいることからも,オオハマボウは東南アジアから世界中に広がっていった可能性が高いと考えられる。一方で,同じ遺伝的特徴を持つ個体が,ハワイ諸島・マルケサス島・トンガ・サモアから,日本・東南アジア諸国・スリランカ・南アフリカを経て,西アフリカのナイジェリア・ガーナにまで存在していることが明らかとなった。より詳細な解析が必要ではあるが,この結果は,オオハマボウが遠く離れた個体群間でも種子の移動をおこなっていることを示唆している。驚くべき種子の散布能力である。

種子の行く先

海流に乗って新しい生育地に流れつき,定着することができるオオハマボウの種子は,実際は何千何万に一つ,あるいはそれ以下だろう。それでもオオハマボウは世界中の砂浜で,黄色く大きな花を咲かせている。しかし,その生育環境は必ずしも恵まれているわけではない。近年,海岸地域の開発により,世界の各地でオオハマボウが定着できるような環境が減少しつつある。このような問題に対し,適切な保全策を立てていくためにも,オオハマボウの生態的特性・遺伝的特性について,さらに詳細に調べていくことは重要である。

今年の夏,友人が僕の誕生日にガラス玉をプレゼントしてくれた。小笠原諸島の砂浜に打ち上げられていたものらしい。少し傷がついていたが,長い航海を経て,無事に砂浜に打ち上げられたガラス玉かと思うと,なんだかとてもうれしくなった。

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ガラス玉.漂着物が多く見られる海岸でも,滅多に見つけられるものではない.

(たかやま こうじ 東京大学大学院理学系研究科附属植物園博士課程)