日光植物園100周年に寄せて

日光分園の現在

舘野正樹

私が日光分園の専任になってから4年半が経ちました。この間、事務棟、育成室、研究室、実験室、庁舎などの新築や改修が行われ、赴任した当時とは隔世の感があります。これもひとえに先輩方そして関係者の皆さまのご厚意によるもので、本当にありがたく思っています。また、私の専門である植物生態学の研究も、助手の長嶋さんや大学院生たちの力でようやく軌道に乗り始めました。

さて、分園は今年開設100周年を迎え、それにあわせて大正天皇御由緒地の碑を改修することになりました。はじめは現状のまま復元する予定だったのですが、春に大正天皇実録が公開され、その中に天皇が分園を詠まれた次のような漢詩があることがわかりました。


      日光避暑
 帝都炎暑正鑠金 遠入晃山養吟心
 離宮朝夕凉味足 四顧峯巒白雲深
 有時園中試散歩 花草色媚緑樹陰
 曲池水清魚亦樂 徘徊不知夕日沈

(大意)
東京の暑さは金属も溶かすほどだ/遠く日光の山を訪ね詩作の心を養う/離宮の朝夕はとても涼しい/見渡せば山々には白雲がかかっている/植物園内を散歩する機会があった/花や草はあでやかで木は緑陰を作っている/池の水は清らかで魚も楽しそうだ/歩きまわっていると日の暮れるのを忘れてしまった

分園にとってこれに勝る碑文はないと思い、この漢詩を碑の片面に新たに刻むことにしました。宮内庁と折衝を続けた結果、開設100周年記念式典には新しい碑がお目見えすることになりました。

栃木県生まれの私は、小学校の遠足で日光分園に来たことがあります。大学生として日光分園に来たのは大場先生が分園にいらした時でした。植物学教室の分類学野外実習が日光で行われたからなのですが、担当は大場先生ではなくてなぜか大橋先生でした。そのときにスギ林で見たフシグロセンノウの花の色は今でも強く印象に残っています。また、高校の教師をしていた私の父は、大場先生の前に分園の主任であった久保田さんのお嬢様の担任をしていたそうです。父が久保田さんからいただいた植物が今も私の家の庭で健在です。こうしてみると、私と分園とは不思議な縁で結ばれているようです。独立行政法人化など、植物園の将来に難問が山積している時代ですが、今後とも日光分園の発展のために努力する所存ですので、よろしくお願いいたします。

(たてのまさき 日光分園・助教授)