小石川植物園のクモタケ

佐藤大樹 

クモタケという菌類をご存知でしょうか。土中のクモから梅雨時に子実体を形成する菌類です。普通のキノコと異なり形は棍棒状で、長さは最大5cm程度、上半分が薄紫色の胞子の粉で覆われています(図1)。胞子の量は大変多く触るとパッと飛び散ります。このキノコが枯れて倒れた場所は、地面が胞子で薄紫色に染まって見えるほどです。下半分は胞子がなく白い茎になっています。茎と地面の境には穴があり、土とクモの糸でできた蓋が認められます。これは、寄主(餌食)となったクモの巣の入り口です。クモは地中に垂直に管状の巣を作っています。シャベルで掘り出すと、茎につながった、菌糸に覆われたクモが出現します(図2)。この菌は関東以西、南西諸島にまで分布しています。日本以外では、台湾(Tzean et al., 1997)、タイ(Hywel-Jones and Sivichai, 1995)にも記録があります。

図1.クモタケ 

ところで、なぜ私は小石川にクモタケ探しにきたのでしょうか。実は、クモタケのタイプローカリティの1つが小石川植物園だからです。簡単にクモタケの歴史を振り返って見ましょう。クモタケという和名は1894年に安田氏により提唱されました(安田, 1894)。このときは、海外の既知種が日本で見つかったという扱いでした。その後、アメリカの研究者Lloyd氏の鑑定により新種との指摘を受け、まずIsaria atypicolaという学名だけが1915年に与えられました(安田, 1915)。この菌の詳しい報告は2年後の1917年にドイツ語で行われました(Yasuda, 1917)。このとき、産地として小石川植物園、神田、赤坂、中根岸(鶯谷駅の付近)が揚げられています。種小名のatypicolaはジグモの属名Atypusにちなんで命名され、ジグモに生えるという意味です。しかし、実はジグモへの感染例は全くなく、ほとんどの場合、キシノウエトタテグモに感染していることが、後の研究でわかっています。1930年にも小石川植物園でのクモタケの採集記録があり(薬師寺・熊沢, 1930)、川村(1955)には、「小石川植物園内に東京帝国大学の植物学教室があったころは、教室の付近に毎年梅雨の候には必ず発生を見たものである。歩行の際知らずして足で踏んで、粉塵の飛散するのではじめて気づくことがたびたびあったほど多く生えてゐた。」との記述があります。今回の目的は、記載された標本の産地でクモタケの生息を確認することでした。

ここで本題から外れますが、一点、先人の文献を読む時の注意点を指摘します。「冬虫夏草」という用語の使い方です。当時の研究者は、昆虫やクモから出現する菌類を全て「冬虫夏草」と呼んでいましたが、現在は異なっています。菌類は有性生殖と無性生殖を行います。昆虫からは複数の属の有性生殖世代 (キノコ)が見つかっていますが、その中でもCordyceps属のみを、特に「冬虫夏草」と呼びます。Isaria属は無性生殖世代であり、似ていますが冬虫夏草ではありません。冬虫夏草という用語は今でも使い方に混乱が見られます。なお、Isaria atypicola Yasudaの学名はSamson (1974)によりIsariaからNomuraea属に移されて、Nomuraea atypicola(Yasuda)Samsonとなり現在に至っています。

図2. クモタケ: 掘り起こしたところ
長矢印: 胞子(分生胞子); 矢印: 茎; 鏃印: 菌叢に覆われたクモ; 星印: クモの巣の蓋。
さて、梅雨時の晴れ間2002年7月3日午後、いざ調査を始めると1分もしないうちに、よく手入れをされた庭木の根元にクモタケを発見できました。あまりにあっけなく見つかり驚きでした。調査のタイミングが丁度よかったのだと思います。植物園がタイプローカリティになっていると言うことは、実に幸運なことです。一般に、産地が破壊されることはよく聞く話ですが、どんなに都市化が進んでも、植物園なら失われることはないでしょう。このことの意義は大変大きいと思います。クモタケは、庭先や林縁部によく出現します。今回は、園内一ヶ所の調査でしたが、発生する環境は園内随所にあると思われます。この菌がいつまでもこの植物園に生息することを願います。これはキシノウエトタテグモが生息しつづけることも意味します。ただし、この菌の生存を保つためには特別な保護対策など必要ないでしょう。必要なのは、従来の管理方法を続けるということ、今ある建物がその場所にありつづけることだと思います。植物園ができた時から、クモも、クモタケも、その条件で生きつづけてきたのですから。

キシノウエトタテグモは開けたところに巣を作るクモです。皆さんのお宅のすぐ近所の公園にもクモタケが出現しているかもしれません。ちょっとした公園を歩いて探してみるのもよいのではないでしょうか。上野公園にあるかもしれませんし、谷中の墓地も狙い目でしょう。皆さんも、梅雨時には地面に目を向けてみてください。
今回の調査について、梶田先生、そして、小石川植物園育成部職員の皆さんには大変お世話になりました。記して感謝の意を表します。

(さとうひろき 森林総合研究所・昆虫管理研究室)

引用文献
Hywel-Jones, N. L., and Sivichai, S. 1995 Cordyceps cylindrica and its association with Nomuraea atypicola in Thailand. Mycological Research 99: 809-812.
川村清一. 1955 クモタケ. 原色日本菌類図鑑第8巻855-857.  風間書房 東京.
Samson, R. A. 1974 Paecilomyces and some allied Hyphomycetes. Studies in Mycology No. 6. pp. 119. Centraalbureau voor Shimmelcultures, Baarn.
Tzean, S. S. , Hsieh, L. S. and Wu, W. J. 1997 Atlas of entomopathogenic fungi from Taiwan. pp. 214.
Council of agriculture, executive Yuan Taiwan, R. O. C
薬師寺英次郎・熊沢正夫. 1930 小石川植物園ニテ得タル冬虫夏草菌(第一). 41(517): 69-74, Pl. 1.
安田篤. 1894 つちぐもニ寄生スル冬虫夏草ニ就テ.植物学雑誌 8(90): 337-340.
安田篤. 1915 くもたけは新種ナリ.植物学雑誌29(339): 117.
Yasuda, A. 1917 Eine neue Art von Isaria. 植物学雑誌31(367): 208-209.