春のはじめの出液現象

種子田春彦 

当然のことなのかもしれないが、日光で生活しはじめてから東京にいた頃よりも季節の変化に敏感になった。とくにはっきりと感じるのは冬から春への移り変わりである。2月の節分のあたりを境にして太陽が急にまぶしさを増し、それまでガチガチに凍っていた大地も緩む。すると、こころなしか空気にも潤いが戻るのを感じる。こうした春の予感を証明するかのようにちょうどこの頃から福寿草とマンサクが花をつけはじめる。かれらの花の黄色い色を見つけると、まだ風が多少冷たくても、気持ちまでがぱぁっと明るくなるのだ。

さて、そんな春の兆しは、冬のあいだは葉を落として静かに立っている落葉樹からも伝わってくる。 2月の半ば頃に落葉樹の木の幹や地面に出ている根の表面に小さく傷をつけると、ジワジワと透明な液体がしみだしてくる出液という現象である。サトウカエデの出液がメイプルシロップだ、と言えば親しみがわくだろうか。出液は、導管の中の水を、根から枝先に向かってぐぐっと押し上げる根圧という力によって起きる。普段の植物体内の水の移動は、葉が導管の水を引っ張りあげる力によって行われているので、幹に傷をつけても導管の中の水はしみだしてこない。しかし、冬もおわりに近づいたころから、根圧が導管の水を押し上げる方向に力をかけ始める。そのため、この時期の幹に傷をつけると導管の中の水がジワジワとしみでてくるのだ。出液は蛍光黄緑の若芽がでてくる寸前のまさに春の足音が聞こえるころになるとさらにめだってみられる。北欧やロシアなどの北の国ではシラカバの出液を飲んで遠からぬ春の到来を祝うのだそうだ。出液は、まさに春を予感させる風物詩である。

ブナの出液現象(2002.4.17 園内にて撮影)

後日談:今年は5月の半ばに奥日光の金精峠に行き、峠で出液を飲んだ。登る道すがら摘んだタラやコシアブラの新芽のテンプラとともに春の味を満喫することができた。

出液の原動力である根圧は落葉樹自身にとっても重要な役割がある。落葉樹はその名のように秋に葉を落としてしまうが、この状態は、今まで水を飲んでいたストローから口を離してしまうのに良く似ている。葉という吸引力を失った樹木の導管では、冬の間に徐々に重力によって枝の先から根元に向かって水が落ちていき、落ちた水のかわりに導管の中を空気が満たしてしまう。このままでは根で吸収した水が枝の先まで伝わらないので、いざ春になっても葉を広げることができない。ここで、根圧が役に立つ。根圧によって下から押し上げられた水が、導管の中にある空気に圧力をかけて導管内の空気を溶かし込んでいく。導管の内部はこうして再び水で満たされるのだ。1ヶ月あまりかけてこの作業を終了させると水を枝の先々まで送る準備がととのい、メデタク木々は芽を出すことができるようになる。一見、静かな冬の終わりの木々がせっせと春に向けて準備をしているのだと想像するとこちらも春に向けてウキウキした気分になってくるのだ。

去年、日光の山の中でダケカンバの出液を集めてのんだ。一時間粘って紙コップ一杯がやっとだったが、ほのかな甘みがとても印象的だった。今年は、忙しかったこともあって、まだ飲んでいない。日光の高山では春が遅く例年6月の初めころまで出液を飲むことができるが、今年は温かいのでどうだろう。急がなくては。

(たねだはるひこ 日光分園大学院生)