ごあいさつ

邑田 仁 

大学院生としてはじめて植物園に来てから間もなく30年になりますが、光陰矢の如しで、昨年4月より植物園の責任者として諸事に対応する立場になりましたことは夢のように感じられます。その間、公式のお客様から学内外の実習生、さらには個人的に面会にやってきた友人まで、様々な方に植物園をご案内してまいりましたが、例外なく興味を持っていただき、はげましの言葉をいただくことができましたのは、ひとえに植物園自体がとても多様で奥深いものであることによると考えております。分類学の研究者の方は標本室に詰まった60万点の標本の中に、ボタニカルアートの専門家の方は図書室にある手彩色の文献や原画に、園芸家の方は温室の一隅にある熱帯植物に、建築家の方は本館建物の階段の手摺りのカーブにという具合に、ただ現場にご案内するだけで次々と宝物を発見されます。その機会に私達も改めて植物園を見直すことができ、また、宝物発見の喜びを共有することができるのは本当にありがたいことです。

そんな中で思い出深いことの一つは、植物学教室の卒業生で当時もう90歳になろうとする木村有香博士をご案内した時、養生所跡のあたりに列をつくっているクスノキの大木を見上げて「ずいぶん大きくなりました」と感慨深く言われたことです。私は無意識のうちに、それらの大木はもう十分大きくなっており、自分の目に見える程度にはこれ以上成長することはないという印象を持っていたので、実はそれらがいつの間にか「大きくなった」ということに驚き、そして、絶え間なく育っていく植物、その総体として絶え間なく変わっていく植物園、植物園を見守る人々のことを実感しました。今年で創立100年を迎える

スイセイジュ 
(→解説

日光分園は、長い間ずっと変わらないような自然のたたずまいを見せていますが、外国産の樹木が随所に配置されていることなどを考えると、初期にはかなり人工的な植生配置が行われたことがうかがわれます。自然以上の自然を感じさせるこの植生配置は設計者である草野俊介博士の慧眼と、以来絶え間なく植物園の維持に注がれた職員の熱意のたまものといえましょう。その日光分園も、モミなど一部の樹木が必要以上に大きくなったせいか、環境の著しい変化のせいか、長寿の木であるはずのオオヤマザクラが枯れはじめたりして、全盛期のバランスが少しくずれかかっているようにも見えます。本園の池の周囲にあるハンノキも寿命といわれ、一部は枯れ始めています。そんな状況の中で、枯れ木を伐採し、枝下ろしをして生育環境を整えるのはもちろんですが、守るばかりではなく、将来を考えた積極的な植生配置を進める必要があります。日光分園では成長に大変時間のかかるブナ林の育成を始め、田母沢川の奥にはアジア産の植物に近縁な北米の植物を植えだしました。本園では低地に、第3紀の化石として出土する起源の古い樹木を集めて植えています。また、積極的に海外調査を行って、将来の野生植物遺伝子の利用も視野に入れた貴重な研究資料の集積につとめています。こうした事業が評価を受けるのはだいぶ先のことになりますが、よい結果が出ることを信じて努力を重ねてまいりたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

(むらたじん 植物園園長)